「おや」
眼鏡の奥の細い瞳が私を捉えた。
彼は私の家に時々来る家庭教師だ。彼の名は「霧島 季侑」私とは一回り歳が違う。これがまた変わった人で、ある程度、容姿も頭も良い…なのに告白してきた女性をことごとく振っているのだ。
「季侑さん」
私が返事をすると笑って近付いてきた。
今日は家庭教師の日じゃないのに…
「結婚を申し込まれました」
「え?どなたからですか!?」
「西園寺家令嬢 西園寺 結子様からです」
瞬間、脳裏に西園寺殿の顔が過ぎった。
西園寺家と言えばこの帝都東京のなかでも有数のお金持ちの家だ。もともと季侑さんの家もそこそこお金はあったが、数年前帝都で怒った金融危機に飲まれ今まで貯めたお金は水の泡となった。
そこで、季侑さんの性格と頭脳を頼りうちのお父様の出版社が季侑さんを家庭教師として、社員として雇った。
だが何故今は亡き霧島の子息を娶ろうとするのか。
不意に視界が遮られ、強風が吹き、
「-----」
気付いたら目の前には季侑さんの姿。
「え……?」
そこに残ったのは【サヨナラ】と言う四文字だった。
振り返ったら、もう季侑さんの姿はなかった。
嫌だ。サヨナラなんて嫌だ。
こんなに簡単に西園寺に行くのが嫌だ。
「季侑…さん…っ…!」
私は泣き崩れた。
自分の中からあの時消えたと思った波だが滝のように溢れ出る。気付いてしまった思いへの期待と後悔とがぐちゃぐちゃに混ざり合う。
「っ…好き………好き…っ!」
「季侑さ…ん!とし…ゆ…きさ…ん…っ!」
「いやぁ…いやぁ…いかないで…いか………ないで…よぉ……!」
虚構の空に向かって…私の声は響くだけだった。
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